量子化学・量子技術の基礎知識

関先生のコラム

関先生のコラム1 ・・・100年の節目

2025.04.11

100年目、すなわち1世紀の節目の年は、過去の革新的な発見や業績を思い起こし、その分野を活性化させることを目的として、しばしば100年記念のイベントや企画がなされます。最近の例を挙げましょう。

2005年…世界物理年
物理学の描像を変革したアインシュタインによる極めて重要な三つの論文(ブラウン運動の理論、光電効果の理論、特殊相対性理論)が発表された奇跡の年である1905年から100年目。世界中の物理系学会で様々な催しが企画されました。このうち光電効果の理論では、光が波と粒子の二面性を有していることが明確にされ、量子力学上の重要な位置づけとなっています。それで光は“光子”あるいは“光量子”とも呼ばれるようになりました。

2011年…世界化学年
キュリー夫人のノーベル化学賞受賞と国際純粋および応用化学連合(IUPAC)の前身である国際応用化学協会の設立である1911年から100年目。これも世界中の化学系学会で催しが企画されました。私が会長を務めている日本化学連合では、このタイミングで「化学コミュニケーション賞」を設けました(いささか狭い話題で申し訳ありません)。この賞は、化学や化学技術の啓発において顕著な貢献をされた個人や団体を顕彰しています。

2014年…世界結晶年
ラウエによるX線の結晶回折の発見とブラック親子によるX線結晶構造解析が発表され、X線結晶学の誕生から100年目。日本でも、ほぼ同時期に寺田寅彦(夏目漱石と交流があり、随筆家としても著名な方です)、西川正治(日本結晶学会初代会長)によって日本での機器の調達の難しい時代にX線研究の世界的な成果が発表されていることも心に留めておきたいものです。

2020年…高分子説100年
シュタウディンガーによる高分子(巨大分子)の存在を主張した1920年の最初の論文が発表されてから100年目。ただし1920年当時、高分子の存在を認める科学者はほとんどおらず、多くの人が高分子説を受け入れるまで約10年を要しました。人類がこれほどゴム、プラスチック、繊維などの高分子素材を利用しているにもかかわらず、それらが巨大な分子で構成されていることが提唱されてからまだ100年程度しか経っていません。100年で(実質は50~70年でしょう)これだけ多様な巨大産業が急成長した分野は、半導体分野とともに他が無いように思います。


–さて、今年の2025年、ある革新的な出来事から100年目にあたります。なんでしょうか。

その100年前の出来事とは量子力学の誕生です。今年はこの国際量子科学技術100年に合わせ、日本物理学会で記念事業の一環として、「ニュートン別冊 量子力学100年」(1980円)が今年発刊されています。この本は量子力学や量子技術を視覚的に広く眺めるのにとても参考になります。
1900年にプランクはエネルギーが連続的なものではなく、とびとびの値となる(量子)と仮定して、鉄を熱した際に放出される光の色(電熱線で赤、オレンジ、白などに見えるあの色、熱せられた温度で色が異なります)を見事に説明しました。また、ボーアはとびとびのエネルギーの電子軌道を仮定した水素原子モデルを提出し、水素原子のスペクトル輝線の波長をこれも見事に説明しました(1913年)。しかし、なぜエネルギーがとびとびになるのかはあくまでも仮定で説明がつきませんでした。

ハイゼンベルグは仮定を含まずに量子現象を説明できる新たな物理学の突破口となる行列力学を1925年に発表しました。そのときわずか23歳という若さでした。シュレディンガーはその年の暮れにド・ブロイの物質波の提唱にインスピレーションを受けて波動力学(波動方程式)を着想し、翌年それを発表しました(1926年、当時37歳)。その年のうちに、ディラック(当時24歳)はこの二つの理論が本質的に同一のものであることを明らかにしました(シュレディンガー自身も独立してこれを証明したようです)。こうした若い大天才たちによって量子力学が誕生しました。

量子力学の誕生後、半導体、各種電子機器、コンピュータ、レーザー、発光ダイオード、MRIなど、現代社会に欠かせない技術の発明へと結びつき、すでに私たちは絶大な恩恵を受けています。これまでの動きは“量子1.0”とも呼ばれています。

いま、この100年の節目で次の大きな“波”が来ています。昨今、マスコミでよく耳にする量子コンピュータや量子暗号技術に加え、さらには量子現象を活かした物質・材料、計測技術、生体・医療診断などの質的な変革となる技術の創出が期待され、社会システムを質的に変えうる技術が芽生えようとしています。

この新たな動きは“量子2.0(第2次量子革命)”と位置付けられています。
(量子1.0と量子2.0については東海国立大学機構・量子フロンティア産業創出拠点のホームページも参考にしてください。)

その社会に及ぼすインパクトは非常に大きいと見込まれるため、世界の各国で大きな予算が組まれ、産学官を巻き込みながら新たな量子技術創出へ向けた研究開発が推進されています。当研究部門でも、この流れに対して少しでも力添えできるような活動を続けていきたいと思っています。

名古屋市量子産業創出寄附研究部門 特任教授 関 隆広